【感想】アンドロイドは電気羊の夢を見るか?【ネタバレあり】

【感想】アンドロイドは電気羊の夢を見るか?【ネタバレあり】

「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」著:フィリップ・K・ディック を今更ながら読み終えたので、感想と背景などを含めてまるっと書いていきます。読書メーターに書いてもいいんですが、字数制限とかがあるので記事にしてみました。これからも備忘録を兼ねた感想記事を書いていきたいと思います。

 

 

まず、原題は「Do Androids Dream of Electric Sheep?」ですね。邦題はそのまんま訳した通り。このタイトルは、読み終えてから分かるんですが、深い。深いですよね。

 

 

今更読んだ奴が何言ってんだって気持ちになるとは思いますが、あえて言いましょう。深ぇぇぇぇぇ!

 

まず、アンドロイドが夢を見るという概念がとても素敵です。

 

……たとえ本当に夢を見ることが無かったとしても。

 

 

作中では、人間は高度に発達した社会において、感情すらも機械(ムードオルガン)で調節して生きています。

 

動物は大幅に減少し、動物を飼うことが慈しみを持つという人間らしさの目盛りになっています。

 

動物の需要は高まり、供給はわずかしかない。当然、動物の価格は高くなり、一種のステータスとしての役割を動物が担うことになりました。

 

もふもふが減少するなんてけしからん。という話はさておき。

 

それだけの技術があって動物減るの防げなかったん?という疑問もナンセンスなので置いといて。というか生物系の研究が進み出したのは本当に近年のことなので、彼がこの本を書いた1968年にはそんな考えに至らないのは当然の帰結ではあります。

 

 

人間は、動物を飼うことを夢見て働くんです。

 

主人公のリックは逃亡中のアンドロイドを始末するバウンティハンターの職についています。そしてリックは本物の羊ではなく電気で動くロボットの電気羊を買っていました。本物ではないとバレてしまうことを恐れながら。これが本物だったらと、羊を飼うことを夢見て。

 

夢見るーー夢を見る。また、あってほしいことを心に思い浮かべる。

goo国語辞典

 

人間は羊を飼うことを夢見る。そして夢を見る。

ならば、アンドロイドは?

電気羊の夢を見るのか?

 

 

リックは途中、逃亡中ではなく正式登録されている女性型アンドロイドとセックスをして、他のハンターとも同じように寝て、それをなんとも思っていないことにショックを受けています。

 

 

殺してやると気を荒だてますが、結局殺すことはしませんでした。アンドロイドに感情などなかったのだと落胆して、最後のハントに出かけていきます。

 

 

その間にそのアンドロイドがリックの懸賞金で稼いだお金を頭金にして買った山羊を殺してしまうんですが、これも結末に重要な意味を持っていると思います。

 

 

結局リックは全てを成し遂げ、死のうと思って赴いた荒廃した地でヒキガエルを見つけ、家に持ち帰るのですが、そのヒキガエルも実は電気ヒキガエルだったんですよね。

 

 

でも、リックはそのヒキガエルを、電気動物でも命は命だからと育て始めるんです。

 

そこがこの物語の一番の見所だと僕は思います。

もちろん、アンドロイドとスリルたっぷりにドンパチやるところも面白いんですが、僕が好きだと思ったのはリックの変化です。

 

 

本物の動物を飼うことを夢見ていた人間が、アンドロイドとの接触を通じて、電気動物を動物と認識し飼い始める。

 

作中のアンドロイドは、電気羊の夢を見ません。

 

人間が羊の夢を見るならば、アンドロイドは電気羊の夢を見るか?という意味で僕は捉えましたが、他の捉え方もあるかもしれませんね。

 

 

あくまで作中の、と限定しました。なぜなら、将来的に感情を持ったアンドロイドは作られるだろう、と僕は考えているからです。

 

少し脱線します。

 

人間の脳は電気信号を伝えることで体を動かし、思考をしています。その信号(シグナル)はカルシウムやカリウムなどの電荷を持つイオンなどを介して体を伝わっていきます。

 

まだ、脳の構造は明らかになっていません。脳が量子コンピュータ的な働きをしているという話もありますね。本当かどうかはわかりませんが。

 

しかし、結局は電気信号の組み合わせによって思考は生まれているんです。感情もそう。その情報を読み解くことが出来たとしたら、感情は作れるようになると思います。

 

今考えるだけでも、こういう場合に悲しいという情報を学習させることが出来たら、擬似的な感情は作ることができると思います。

 

実際のところ、高度に思考できるアンドロイドが出てきた時、感情を持たないように作ったとしてもーー感情を持つ部分を切り離して作ったとしてもーー感情を持つ部分とは別の部分の容量を開けて自分から感情を持つようになるということも考えられないわけではありません。

 

だから、アンドロイドが電気羊の夢を見る未来が来るかもしれないのです。

 

脱線終わり

 

 

こう言った意味でも、「(将来)アンドロイドは電気羊の夢を見る(ようになる)か?」と考えてもとても夢があるタイトルです。

 

ちなみに、このタイトル、様々な作品がパロディして「○○は△△の夢を見るか?」みたいなタイトルで物語を書いていますが、正直僕はナンセンスだと思います。僕個人が思っているだけですよ。書くなって言っているわけじゃありません。この本が好きで書いている人もいるわけですから。

 

「○○は△△か?」みたいなタイトルはもはやパロではなく問いかけをタイトルにした別タイトルなので関係ないんですが、夢を見るか?まで使うとね。

 

パロディすることは悪いことではないと思うんですが、僕はこのタイトルの一番の魅力は、夢を見るはずのないアンドロイドが夢を見るところにあると思って今す。

 

だからせめてタイトルをパロディするなら、[夢を見るはずのない無機的な存在]は○○の夢を見るか?ぐらいの構造持ってて欲しいなと僕自身は思います。

 

某青春アニメのことじゃないぞー(某読み)

 

 

またまた脱線してしまいました。

 

後から読んだ奴が何言ってんだって話になるでしょうし、とても魅力的な作品でパロディしたくなる気持ちも理解できたので、これぐらいにして締めることにします。

 

パロディっぽい言葉でおしゃれに締めたい気持ちもなくはないですが自分で否定したことですので、やめておきます。

 

非常に深く、人間が作り出した機械的な存在について考えさせられる作品でした。この著者の他の作品も読んでみたいと思います。

この感想を読んでまた読みたくなった、あるいはkindle版も欲しくなった人はぜひ下のリンクからお願いします。それでは。